少子化が進行する日本において、幼児教育・保育を取り巻く環境は目まぐるしく変化しています。待機児童の減少に伴い、これからの保育事業には単なる「量の確保」だけでなく、「質の向上」や「保護者の多様なニーズに応える柔軟な受け皿の構築」が強く求められる時代へとシフトしています。
そのような中、保育業界や福祉事業に携わる皆様にとって、極めて大きなインパクトを与える法改正が実施されました。それが、「満三歳以上限定小規模保育事業」の創設と全国展開です。
これまでは国家戦略特別区域(以下、国家戦略特区)に限定された特例措置として実施されていた「3〜5歳児を対象とした小規模保育」が、児童福祉法などの改正により、令和8年(2026年)4月1日より一般制度化され、全国の市町村で実施可能となります。
この「満三歳以上限定小規模保育事業」について、創設の背景、認可基準や設備・職員要件、そして事業開始にあたって必要となる複雑な行政手続き(事業認可・確認手続き)について、実務に即して徹底解説いたします。新規参入や事業拡張を検討されている事業者の皆様は、ぜひ参考にしてください。
1. 「満三歳以上限定小規模保育事業」創設の背景
新しい制度を深く理解するためには、その前提となる「これまでの小規模保育制度の課題」と「法改正の経緯」を知ることが重要です。
従来の小規模保育事業(地域型保育事業)が抱えていた限界
平成27年(2015年)にスタートした「子ども・子育て支援新制度」において、地域型保育事業の一つとして位置づけられた「小規模保育事業」は、原則として0〜2歳児(満三歳未満)を対象とする保育事業でした。定員は6人以上19人以下と小規模で、きめ細かな保育を提供できるため、都市部を中心とした待機児童対策の切り札として急速に普及しました。
しかし、この「0〜2歳児限定」という枠組みには、以下のような実務上の大きな課題が存在していました。
- 「3歳の壁」の発生 0〜2歳児が小規模保育事業を卒園(修了)した後、3歳児クラスから幼稚園、認可保育所、認定こども園などの「移行先(連携施設)」へのスムーズな転園ができないケースが発生し、保護者にとって「3歳の壁」として深刻な悩みとなっていました。
- 事業者の運営継続性の分断 事業者側にとっても、せっかく0〜2歳児できめ細かく信頼関係を築いた子どもたちを、3歳を迎えた段階で送り出さなければならず、継続的な幼児教育・保育を提供できないというもどかしさがありました。
国家戦略特区での特例措置から全国展開(一般制度化)へ
これらの課題に対応するため、平成29年(2017年)からは国家戦略特区の事業実施区域(成田市、堺市、西宮市など)において、事業者の判断により小規模保育の対象年齢を「0〜5歳」の間で柔軟に設定できる特例措置(国家戦略特別区域小規模保育事業)が認められていました。
この特区での良好な運用実績を踏まえ、「こどもの保育の選択肢を広げる観点から極めて意義がある」と高く評価されたことから、政府の規制改革実施計画(令和5年6月閣議決定)などを経て、この特例措置を全国に普及させることが決定しました。
これにより、「児童福祉法等の一部を改正する法律」(令和7年法律第29号)が成立・公布され、令和8年(2026年)4月1日をもって「満三歳以上限定小規模保育事業」が児童福祉法上に正式に創設され、全国展開がスタートすることとなったのです。
2. 満三歳以上限定小規模保育事業の定義と法的枠組み
では、法律上において本事業はどのように規定されているのでしょうか。専門的な条文や、子ども・子育て支援法における位置づけを整理します。
児童福祉法上の定義
児童福祉法第6条の3第10項が改正され、小規模保育事業の定義に新しく以下の類型が加わりました。
【新児童福祉法 第6条の3第10項第3号(令和8年4月1日施行)】 「保育を必要とする児童であつて満三歳以上のものについて、当該保育を必要とする児童を保育することを目的とする施設(利用定員が六人以上十九人以下であるものに限る。)において、保育を行う事業」
法律上、「満三歳以上限定小規模保育事業」として、3歳児、4歳児、5歳児(小学校就学前子ども)のみを対象とした、定員6人以上19人以下の小規模保育を行うことが正式に規定されたのです。
子ども・子育て支援法上の位置づけ
子ども・子育て支援法(以下、新法)においても、本事業の創設に伴い、給付対象や確認手続きに関する重要な改正が施されています。
- 特定地域型保育事業としての「確認」 事業者が公費(地域型保育給付費など)を受け取って運営を行うためには、新法第29条第1項に基づく市町村長からの「確認」を受ける必要があります。満三歳以上限定小規模保育事業を行う特定地域型保育事業者として事業所ごとに確認を受け、3歳以上の「満三歳以上保育認定子ども(いわゆる2号認定子ども)」に対して保育を提供する仕組みとなります。
- 利用者負担(保育料)は「0(無料)」 満三歳以上限定小規模保育給付を受ける子ども(満三歳以上保育認定子ども)に係る、新法第29条第3項第2号などに規定する政令で定める額(利用者負担額)は、子ども・子育て支援法施行令の改正(整備政令)により「0(無料)」と規定されます。これは、3〜5歳児の幼児教育・保育無償化(無償化給付)の流れに沿った制度設計となっています。
3. 満三歳以上限定小規模保育事業の設置・運営基準
事業を開始(新規参入)するためには、都道府県や市町村が定める条例(基準)に適合する必要があります。実務上、特に注意すべき設置要件や運営基準を詳しく見ていきましょう。
① 利用定員:6人以上 19人以下
小規模保育の基本的な性質通り、アットホームできめ細かな保育環境を担保するため、定員の上限は「19人まで」に制限されています。
② 設備・職員配置基準(小規模保育A型を準用)
「児童福祉法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴うこども家庭庁関係内閣府令の整備等に関する内閣府令」などにより、本事業の設備および職員の基準は、「小規模保育事業所A型」の基準(満3歳以上の幼児に係る部分に限る)と同様と定められました。具体的には、以下の要件を満たす必要があります。
- 職員の資格要件:保育士資格が「必須」 従来の小規模保育事業にはA型、B型、C型という類型があり、C型では家庭的保育者などの資格でも認められていました。しかし、「満三歳以上限定小規模保育事業」においてはA型の基準が準用されるため、配置する職員(保育職員)は全員が「保育士」資格を保持していなければなりません。
- 職員の配置人数 3歳児、4〜5歳児といった年齢区分および在籍児童数に応じた保育士の配置数が必要となります(例:3歳児は児童15人に対して保育士1人以上、4〜5歳児は児童30人に対して保育士1人以上などの基準に準じます。ただし、常時2人以上の配置が必要とされる点などに注意してください)。
- 設備基準 幼児の保育にふさわしい、園舎の面積要件(保育室、遊戯室、調理室、便所の設置など)や、採光・換気・耐火などの安全要件を満たす必要があります。
③ 連携施設の確保は「必須」(経過措置の対象外!)
実務上、既存の小規模保育事業者や新規参入者が最も注意しなければならないのが、この「連携施設の確保」です。
- 従来の0〜2歳向け小規模保育との違い 従来の0〜2歳児向けの小規模保育事業においては、地域において連携施設(保育内容の支援や卒園後の移行先となる保育所、幼稚園、認定こども園)の確保が著しく困難であると市町村が認めた場合には、当分の間(設備運営基準の施行日から15年間)、連携施設の確保を免除(猶予)する経過措置が設けられていました。
- 満三歳以上限定小規模保育は「経過措置の対象外」 しかし、新設される満三歳以上限定小規模保育事業は、対象となるのが3歳以上の幼児であり、子ども同士の社会的発達を促す「集団保育の機会」の確保や、少数の保育士による質の維持が極めて重要視されます。そのため、こども家庭庁のガイドラインにおいて、この連携施設猶予の経過措置の「対象外」と明確に定められました。
したがって、満三歳以上限定小規模保育事業を実施するにあたっては、提携先となる連携施設(保育所、幼稚園、または認定こども園)を適切かつ確実に確保することが事業開始の前提条件(必須要件)となります。
連携施設に求められる具体的な支援・配慮
連携施設との間で、具体的に以下のような協力体制(契約・合意)を構築する必要があります。
- 集団保育の提供のための配慮(合同保育の実施) 小規模な環境であるため、連携施設の園児たちと一緒に活動する「合同保育」を定期的に実施し、大人数の中での社会性を育む集団保育の機会を適切に確保すること。
- 代替保育の提供や質の向上のための巡回支援 配置される保育士が少数となるため、有事の際の代替保育の協力体制や、連携施設の経験豊富な保育士等による巡回、指導方法の助言などの支援体制を整えること。
4. 事業開始に必要な行政手続きと「需給調整」の壁
満三歳以上限定小規模保育事業を開始するためには、法令に基づく極めて煩雑な許認可手続きをクリアしなければなりません。手続きの流れと、実務上で最大のハードルとなる「需給調整」について解説します。
事業開始までの主な行政手続きの流れ
大きく分けて、【児童福祉法上の認可】と【子ども・子育て支援法上の確認】という2つのハードルを越える必要があります。
- 事前準備:事業計画の策定・連携施設の選定および確保契約の締結
- 事前協議:市町村の保育主管課等との事業実施に向けた事前協議
- 認可申請:児童福祉法に基づく事業認可申請書類の提出
- 確認申請:子ども・子育て支援法に基づく特定地域型保育事業の確認申請
- 決定・開所:認可・確認の決定通知受領後、事業開始
市町村条例の整備に関する経過措置
小規模保育の認可基準は市町村の「条例」で定められますが、満三歳以上限定小規模保育事業の創設に伴い、市町村は条例の改正を行う必要があります。これについて、「施行日(令和8年4月1日)から起算して1年間は、国の基準(内閣府令)を、市町村の条例で定められた基準とみなす」という経過措置が設けられています。これにより、市町村側の条例改正が完了していない場合であっても、国の省令基準を満たしていれば、令和8年4月1日からの認可・確認手続きを進めることが可能です。
最大のハードル:「需給調整(総量規制)」
小規模保育の設備・職員基準をどれだけ完璧に満たしていたとしても、市町村から「認可・確認が下りない」というケースが実務上多々あります。その最大の原因が「需給調整(総量規制)」です。
- 子ども・子育て支援事業計画との調和 市町村は、地理的条件や人口などを総合的に勘案して「教育・保育提供区域」を定め、5年を1期とする「市町村子ども・子育て支援事業計画」を策定しています。この計画において、各年度・提供区域ごとの「必要利用定員総数(満三歳以上限定小規模保育の枠を含む)」が細かく設定されています(新子ども・子育て支援法第61条第2項第1号ロ)。
- 認可拒否の権限 新規の認可申請があった際、その区域における3歳児以上の保育定員総数が、市町村の事業計画で定める「必要利用定員総数」に既に達しているか、または新たな申請を認めることでそれを超えてしまう(供給過多になる)と判断される場合、市町村長は認可・確認をしないことができると定められています(児童福祉法第34条の15第5項等)。
実務上の救済措置:「代用計画」の活用
令和8年4月の段階において、市町村が「子ども・子育て支援事業計画」の本文を機動的に変更(改定)することは事務負担が極めて重いため、こども家庭庁の通達により、事業計画本体を変更することなく、それに代わる「代用計画」に満三歳以上限定小規模保育に関する事項(必要利用定員総数など)を定めることで代替可能とする柔軟な実務上の取扱い(代用計画制度)が認められています。
事業者としては、進出したい地域において「3歳児以上の必要利用定員枠」が空いているのか、あるいは計画(代用計画)に新たな枠を設けてもらえる余地があるのかを、物件契約や設計を行う前の「極めて早い段階」で、市町村の担当窓口と事前協議を行うことが事業の成否を分けるほど重要です。
5. まとめ
令和8年4月からスタートする「満三歳以上限定小規模保育事業」は、これまで3歳の壁に悩まされていた地域の子育て世帯にとって、また0〜2歳児保育から継続して一貫した質の高い幼児教育・保育を提供したいと願う事業者様にとって、非常に魅力的な新しい選択肢です。
しかし、少人数・低定員でアットホームな保育を提供できる裏側には、「小規模A型同等の厳格な保育士資格要件」「猶予のない連携施設の必須確保」「市町村の子ども・子育て支援事業計画との需給調整」といった、クリアしなければならない法的な高い壁が存在します。
当事務所では、児童福祉法や子ども・子育て支援法に関する深い専門知識に基づき、自治体との事前折衝、認可・確認申請書類の作成・代理提出など、皆様の新規参入を全面的にバックアップいたします。事業化をご検討の際は、まずはお気軽にご相談ください。