1.はじめに知っておきたい「保育処遇改善加算」の目的と意義

保育の現場では、長年にわたり「保育士不足」が深刻な課題となってきました。この問題を根本から解消し、保育士や幼稚園教諭等が他産業と遜色ない処遇を受けられるようにするために創設されたのが「処遇改善等加算」の制度です。

国は、「こどもまんなか社会の実現」に向けた方針に基づき、保育士等の人材確保、離職の防止、そして持続可能で質の高い保育の提供を目指して、民間給与動向を踏まえた処遇改善を段階的に進めてきました。

平成25年度(2013年度)以降、毎年のように改善率が上乗せされており、特に令和6年度(2024年度)には、人事院勧告に準拠した過去最大の10.7%のベースアップが実施されるなど、劇的な改善が図られています。これにより、役職者を除く保育士の平均月収は全産業平均にかなり近づいてきています。

令和7年度からの「制度一本化」と今後の展望

制度が拡充される一方で、「加算Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」と複数の制度が入り乱れ、配分ルールが複雑化し、事務作業が現場の過度な負担になっているという課題がありました。 そこで、制度をわかりやすく整理し、各施設の実情に応じた柔軟な賃金配分を可能にするため、令和7年度より現行の3つの加算が新たな「処遇改善等加算(区分1・2・3)」として一本化されました。令和8年度は、この新制度が完全に定着する重要な年となります。

2.複雑な制度を整理!処遇改善加算の全体像と仕組み

令和7年度に一本化された新しい処遇改善等加算は、旧制度の目的と趣旨を引き継ぎつつ、以下の「3つの区分」に分かりやすく整理されました。

  • 区分1(基礎分)【旧・加算Ⅰの基礎分に相当】 職員の経験年数の上昇に応じた「昇給の仕組みの整備」や「職場環境の改善」を目的とします。施設全体の平均経験年数に応じて加算されます。
  • 区分2(賃金改善分)【旧・加算Ⅰの賃金改善要件分 + 加算Ⅲに相当】 すべての職員の継続的な賃金引き上げ(ベースアップ)を目的とします。基本給や毎月決まって支払われる手当、賞与等を通じて、施設全体の賃金水準の底上げを図ります。
  • 区分3(質の向上分)【旧・加算Ⅱに相当】 副主任保育士や職務分野別リーダーなど、リーダー的な役割を担う中堅職員の技能・経験の向上に応じた追加的な賃金改善と、キャリアアップの仕組みの構築を目的とします。

【新制度の大きな特徴:事務の簡素化】 配分ルールが緩和されたことに加え、事務手続きが大幅に簡素化されました。旧制度では最大9枚にも及んだ実績報告書が、新制度では区分2と3の加算総額でまとめて賃金改善額を確認する方式となり、最大3枚程度へと劇的に削減されました。

関連記事
保育現場における職員の給与引き上げやキャリアアップを支える根幹の制度である「処遇改善等加算」について、その全体像と具体的な仕組みを解説

3.区分1(基礎分)について

「区分1」は、職員が経験を積むことで着実に給与が上がる仕組みを作るための基礎的な加算です。 加算率は施設に在籍する全職員の「平均経験年数」に基づいて算出され、0年〜10年以上の経験年数に応じて、2%〜12%の範囲で設定されます。

絶対に外せない「キャリアパス要件」

区分1を取得するための最も重要なポイントが「キャリアパス要件」の適合です。新制度ではこれが必須要件となりました。以下の3つの取り組みすべてを実施し、就業規則等で明文化して全職員に周知する必要があります。

  1. 役職・賃金体系の整備: 職員の職位、職責、職務内容等に応じた勤務条件や賃金体系(一時金を除く)を明確に定める。
  2. 資質向上のための計画・研修・フィードバック: 面談等を通じて目標や計画を立て、研修機会の提供や技術指導を行う。また、その結果について個別面談等でフィードバックを行う(※5段階評価などの厳密な評価までは求められません)。
  3. 資格取得の支援: 無資格者に対する保育士資格等の取得に向けた、勤務シフトの調整、休暇の付与、費用援助などを実施する。

【令和8年度の注意点】 令和7年度にあった「要件を満たしていなくても加算率から2%減算で取得できる経過措置」が、令和8年度からは終了します。要件を満たしていない施設は区分1の認定自体が受けられなくなるため、確実な規程整備が必要です(※年度途中で要件を満たせば、その時点から認定を受けることは可能)。

4.区分2(賃金改善分)について

「区分2」は、施設で働くすべての職員に対する「継続的なベースアップ(賃金改善)」を目的とした加算です。

加算率は、以下の2つの要素を足し合わせて計算され、公定価格の基本分単価に乗じられて施設へ支給されます。

  • 基本の加算率: 施設の平均経験年数が「11年未満の場合は6%」「11年以上の場合は7%」
  • 定員区分等による加算率: 基礎職員1人当たり月額9,000円相当の賃金改善ができるよう設定されたパーセンテージ(例:2.6%や2.7%など)

区分2の運用ルール

区分2による加算額は、その全額を職員の賃金改善(および法定福利費の事業主負担分)に確実に充てることが義務付けられています。

また、「基準年度(原則前年度)からの賃金水準の維持」が重要です。加算で給与を上げた分、既存の基本給や手当を下げて相殺してはいけません。 ただし、働き方改革等により残業時間が減り、「超過勤務手当」の支払総額が前年度より減少したような場合には、その減少分を調整して賃金水準を比較することが認められています。

5.区分3(質の向上分)について

「区分3」は、副主任保育士や職務分野別リーダーなど、現場の中核を担うリーダー層の職員の技能・経験を評価し、追加的な賃金改善を行うための加算です。加算額は以下の計算で算出されます。

  • 人数A(月額4万円の対象): 「基礎職員数 × 1/3」と「対象となる研修修了者の実人数」を比較し、少ない方の人数。
  • 人数B(月額5千円の対象): 「基礎職員数 × 1/5」と「対象となる研修修了者の実人数(※人数Aを除く)」を比較し、少ない方の人数。

新制度では、「必ず月額4万円を支給する職員を1人以上作らなければならない」という厳しい要件が廃止されました。これにより、一人当たり月額4万円を超えない範囲であれば、各施設の判断でより柔軟に広く職員へ加算額を配分することが可能になりました。

【令和8年度の重要注意点】 令和7年度までの特例であった「研修修了見込みの者」のカウントが、令和8年度からは終了します。令和8年4月1日時点で実際に研修を修了していない職員は、加算額算定の「人数A」にカウントできなくなるため、前年度末までに確実に対象研修(キャリアアップ研修等)を受講させておく必要があります。

6.公務員給与と連動する人事院勧告分とはなにか?

保育施設の収入のベースとなる「公定価格」のうち、人件費部分は「国家公務員の給与水準」に準拠して算定されています。 毎年8月頃に人事院から国家公務員の給与引き上げの勧告(人事院勧告)が出されると、それに連動して保育所の公定価格の人件費部分も引き上げられます。これが「人勧分」です。

この改定は通常、冬頃の補正予算で確定し、その年度の「4月に遡及して(さかのぼって)」単価が引き上げられます。

年度途中の遡及適用における注意点

この人勧に伴う増額分の支給額(差額分)についても、処遇改善等加算のルール上、「その全額を職員の賃金改善(追加支給)に確実に充てること」が厳格に求められます。差額が振り込まれたら、速やかに職員へ一時金等で追加支給をしなければなりません。

※法人が複数の保育施設を運営している場合、施設間で収入の均衡を図る目的で、この増額分を別の施設に拠出(融通)することは認められています(受け取った施設で全額人件費に充てることが必須)。

7.加算を取得するための要件と対象となる職種

対象となる職種の範囲は、加算の区分によって異なります。

【区分1・区分2の対象範囲】

保育士や幼稚園教諭だけでなく、事務職員、調理員、栄養士、スクールバスの運転手などを含め、「通常の教育・保育に従事するすべての職員」が対象となります。雇用形態(常勤・非常勤、正規・非正規)は問われません。 法人の役員を兼務している「施設長」であっても、通常の教育・保育に従事し、給与規程等に基づき給与が支払われている実態があれば、区分2の賃金改善の対象に含めることが公式に認められています。

【区分3の対象範囲】

原則として「副主任保育士等」や「職務分野別リーダー等」として発令され、特定の研修を修了した者が対象です。 ただし、要件(経験年数や研修修了など)を満たし、施設内で職務命令を受けてリーダー的な役割を担っていれば、保育士に限らず栄養士や調理員、事務員等であっても配分可能です。 また、施設全体の賃金バランス(逆転現象など)を考慮する必要がある場合には、園長以外の管理職(主任保育士など)に対しても、研修修了要件を問わずに区分3の加算額を配分することが特例として認められています。

8.もらった加算額をどのように職員へ配分しなければならないか

施設が受け取った加算額を職員へ配分するにあたっては、厳格なルールが存在します。

配分比率のルール(1/2以上ルール)

区分2と区分3で受け取った合計加算額のうち、「2分の1(50%)以上」については、必ず「基本給」または「決まって毎月支払われる手当」によって賃金改善を行わなければなりません。これは、変動しやすい賞与(ボーナス)だけで済ませることを防ぎ、毎月の安定した収入の引き上げ(ベースアップ)を実感してもらうための強い縛りです。

賃金規程の改定ポイント

加算を適切に配分するためには、「就業規則」や「給与規程(賃金規程)」の改定と、全職員への事前周知が必要です。

  • 区分1への対応: キャリアパス要件に沿って、職位や職責の段階を明記し、階層に応じた基本給のテーブルや昇給基準を明確に定める。
  • 区分2への対応: 全職員のベースアップのため、基本給のベースを引き上げるか、「処遇改善手当」のような毎月固定で支払う新たな手当を創設する。
  • 区分3への対応: リーダー層に対する「役職手当」や「職務手当」の金額を改定・新設する(一人当たり月額4万円未満の範囲で柔軟に設定可能)。

9.計画書の提出、実績報告書の作成、よくある返還リスクと注意点

加算を運用する上では、年度当初の申請と年度末の実績報告が不可欠です。

書類の簡素化と提出

新制度では、複雑だった「賃金改善計画書」は原則廃止され、「加算額以上の賃金改善を行うこと」などを約束する「誓約書」等を含む簡素化された認定申請書に変わりました。実績報告書も最大3枚程度に削減されています。

基準年度の賃金水準の維持と「特別な事情」

加算分を除いた本来の賃金総額が、前年度(基準年度)を下回ってはならないというルールがあります。しかし、利用児童数の急減や経営悪化などでどうしても維持できない場合は、特例措置として「労使の合意」を得た上で、必要最小限の範囲で賃金水準を引き下げることが可能です。この場合、必ず自治体へ「特別な事情に係る届出書」を提出しなければなりません。

よくある返還リスクと注意点

  • 要件未達による返還: 「加算額以上の賃金改善」が行われていなかったり、「1/2以上ルール」を満たしていなかったりした場合は、加算額の返還を求められるリスクがあります。実際には未支払い分を速やかに職員に配分するよう求められることが多いです。
  • 区分3の研修未受講リスク: 「研修修了見込み」として賃金改善を行った職員が研修を修了できなかった場合、翌年度に速やかに受講させる必要があります。合理的な理由なく受講させずに配分対象とし続けた場合は、「虚偽等」に該当し返還措置となる可能性があるため注意が必要です。

10.まとめ

令和7年度に一本化され、令和8年度に本格稼働を迎える新たな「処遇改善等加算」は、制度の複雑さや事務負担を解消し、各保育施設がより柔軟かつ効果的に職員へ賃金改善を行えるように設計されています。

令和8年度においては、「キャリアパス要件の完全必須化」や、区分3における「研修修了見込み者のカウント終了」など、これまでの特例が終了し、本来の要件が厳格に適用されます。施設運営者にとっては、就業規則や賃金規程の確実な整備と、計画的なキャリアアップ研修の受講管理がこれまで以上に重要になります。また、人事院勧告に連動した増額改定(人勧分)についても、漏れなく全職員の賃金改善に還元することが求められます。

処遇改善等加算は、単なる給与の補助金ではありません。職員一人ひとりが将来のキャリアに希望を持ち、やりがいを感じて「長く働き続けられる職場」を作るための強力なツールです。本ガイドで解説した要件や配分ルールを正しく理解し、透明性の高い給与体系を構築することで、保育士不足の解消と、子どもたちへ提供する保育の質のさらなる向上へと繋げていきましょう。