「こども性暴力防止法(日本版DBS)」の徹底解説連載の第4回をお届けいたします。

第1回から第3回にかけて、対象事業者の範囲や日頃の安全確保措置、そして制度の核心である「犯罪事実確認」の仕組みについて解説してまいりました。

第4回となる今回は、【防止措置・労働法制編】として、犯罪事実確認によって「性犯罪前科がある」と判明した場合や、実際に施設内で性暴力や不適切な行為の疑いが発生した場合に、事業者が講じなければならない「防止措置(対象業務に従事させない措置)」と、それに伴う労働法制上の極めて重要な留意点について、詳細に解説いたします。

この部分は、事業者が最も法的リスク(不当解雇等の労働トラブル)を抱えやすい領域です。本記事を通じて、施行に向けて「今すぐ」取り組むべき就業規則の見直しや採用プロセスの改善について深く理解していただき、万全の体制を構築してください。

参考:こども家庭庁 こども性暴力防止法(日本版DBS)について

参考:厚生労働省 労働基準行政の相談窓口

目次
  1. はじめに:なぜ「防止措置」と「労働法制」の調整が必要なのか?
  2. 第1章:防止措置を講ずべき「おそれ」の4つのパターン
  3. 第2章:労働法制に基づく「雇用管理上の措置」の基本的な留意点
    1. 1. 配置転換(転勤・職種変更)
    2. 2. 内定取消しと試用期間中の解約
    3. 3. 懲戒処分(懲戒解雇など)
    4. 4. 普通解雇
  4. 第3章:特定性犯罪前科が判明した場合(おそれ1)の実務と事前準備
    1. 1. 絶対にやっておくべき「3つの事前準備」
    2. 2. 事前準備を行っていなかった現職者の場合
    3. 3. 暫定的な対応(自宅待機命令)
  5. 第4章:事案発生時(おそれ2・3・4)の対応と懲戒処分
    1. 1. おそれ2:被害の申出があった場合(暫定的措置)
    2. 2. おそれ3:性暴力等が行われたと合理的に判断される場合
    3. 3. おそれ4:不適切な行為が行われたと合理的に判断される場合
  6. 第5章:派遣労働者や業務委託(個人)に対する防止措置の特則
    1. 1. 派遣労働者に対する留意点と実務上のテクニック
    2. 2. 個人業務受託者に対する留意点
  7. 第6章:防止措置の濫用防止と、労働者への配慮
    1. 1. 無実が証明された場合の職場復帰と偏見防止
    2. 2. 労使トラブル時の公的機関の活用
  8. まとめと次回予告
    1. 【行政書士が徹底解説】2026年12月施行 こども性暴力防止法(日本版DBS)の「防止措置」と労働法制上の実務対応(連載第4回)
    2. 【行政書士が徹底解説】こども性暴力防止法(日本版DBS)の「犯罪事実確認」の仕組みと実務フロー(連載第3回)
    3. 【行政書士が徹底解説】こども性暴力防止法(日本版DBS)の安全確保措置と「不適切な行為」への実務対応(連載第2回)

はじめに:なぜ「防止措置」と「労働法制」の調整が必要なのか?

こども性暴力防止法では、事業者は、従事者が児童対象性暴力等を行う「おそれ」があると認める場合には、その者を対象業務(こどもと接する業務)に従事させないこと等の「防止措置」を講じる義務を負います。

しかし、ここで非常に重要な大原則があります。それは、「こども性暴力防止法に基づく防止措置であっても、労働基準法や労働契約法といった労働関係法令の制約が免除されるわけではない」ということです。

事業者が「こどもを守るためにこの人を解雇しなければ」と考えたとしても、労働法上の適法要件(解雇権濫用法理など)を満たしていなければ、不当解雇として訴えられ、事業者が敗訴するリスクがあります。そのため、法が求める防止措置を適法かつ確実に実施するためには、事前に就業規則を緻密に整備し、採用プロセスを見直しておく「事前の防御策」が不可欠となるのです。

第1章:防止措置を講ずべき「おそれ」の4つのパターン

事業者が防止措置を講じなければならない「児童対象性暴力等が行われるおそれがあると認めるとき」とは、具体的に以下の4つのケースが想定されています。ガイドライン等に基づく分類は以下の通りです。

パターン状況の定義と概要事業者の初期判断
おそれ1特定性犯罪事実該当者であった場合(犯罪事実確認の結果、前科が判明)過去のエビデンスから再犯リスクが高い期間として設定されているため、原則として対象業務に従事させない措置が必要。
おそれ2被害の申出があった場合(在籍するこどもや保護者からの申出等)事実関係の調査が完了する前であっても、被害拡大を防ぐための暫定的な措置(接触回避)が直ちに求められる。
おそれ3性暴力等が行われたと合理的に判断される場合(調査の結果、加害事実が認定された場合)対象業務への従事を完全に絶つため、厳格な処分(解雇等)を含む確定的措置が必要となる。
おそれ4不適切な行為が行われたと合理的に判断される場合(性暴力には至らないが、私的なSNSのやり取り等の不適切行為が認定された場合)段階的な指導や配置転換等を検討。重大性や反復性に応じて厳しい処分へ移行する。

第2章:労働法制に基づく「雇用管理上の措置」の基本的な留意点

前述の「おそれ」があると判断された場合、事業者は労働関係法令に沿って、配置転換や内定取消し、懲戒処分、普通解雇といった「雇用管理上の措置」を講じることになります。それぞれの措置の法的なハードルを確認しましょう。

1. 配置転換(転勤・職種変更)

対象業務から外すための最も基本的な措置です。

  • 留意点:就業規則に「業務上の都合により配置転換を命じることができる」旨の定めがあり、かつ雇用契約上「勤務地や職種を限定する合意」がない場合には、労働者の同意なしに配置転換を命じることができます。
  • 権利の濫用:ただし、業務上の必要性がない場合や、不当な動機に基づく場合、労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合は無効となります。もっとも、法に基づく防止措置としての配置転換であれば、通常は業務上の必要性が認められると考えられます。

2. 内定取消しと試用期間中の解約

新規採用者に対してとられる措置です。

  • 留意点:判例上、内定取消しが有効と認められるためには、内定通知書等に記載された取消事由が、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できない事実であり、客観的に合理性・相当性があるものに限られます。
  • 重要ポイント:内定取消事由や試用期間の解約事由として、あらかじめ「重要な経歴の詐称」を定めておくことが実務上一般的かつ極めて重要です。

3. 懲戒処分(懲戒解雇など)

従業員の企業秩序違反に対する制裁です。

  • 留意点:使用者が懲戒処分を行うためには、あらかじめ就業規則において「懲戒事由」と「懲戒種別」を明記し、労働者に周知していなければなりません。また、その処分が労働者の行為の性質や態様に照らして、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められない場合は、権利の濫用として無効になります(労働契約法第15条)。

4. 普通解雇

  • 留意点:労働契約法第16条に基づき、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は無効となります。他の選択肢(配置転換等)がないか十分に検討した上で、最終的な手段として選択されるべきものです。

第3章:特定性犯罪前科が判明した場合(おそれ1)の実務と事前準備

犯罪事実確認(日本版DBS)の照会結果として「特定性犯罪事実該当者(犯歴あり)」であることが判明した場合の実務フローと、事業者が「今すぐ」行うべき事前準備を解説します。

1. 絶対にやっておくべき「3つの事前準備」

犯歴が判明した従業員を適法に内定取消しや解雇、懲戒処分にするためには、採用選考の段階から「犯歴がないこと」を条件とし、それを隠していたことを「経歴詐称」として問える状態にしておくことが絶対条件です。具体的には以下の3点を行います。

  1. 採用募集要項・求人票への明示:採用条件として「特定性犯罪前科がないこと(犯罪事実確認の対象となること)」を明記します。
  2. 誓約書・履歴書等での明示的な確認:面接や書類選考の段階で、求職者に対して書面等で特定性犯罪前科の有無を明示的に確認し、申告させます。
  3. 就業規則・内定通知書等の改定:内定通知書に内定取消事由として、また就業規則の試用期間の解約事由や懲戒事由として、「重要な経歴の詐称」を定めて周知します。

これらの事前準備を確実に行っておくことで、採用内定後や試用期間中に「犯歴あり」と判明した際、従事者が過去の犯歴を隠して(または虚偽申告をして)いたことを理由に、「重要な経歴の詐称」として内定取消しや懲戒解雇等の措置を適法に行う根拠となります。

2. 事前準備を行っていなかった現職者の場合

施行前(認定前)から既に従事しており、採用時に犯歴の確認を行っていなかった現職者に対して、法の施行後に犯罪事実確認を実施し、「犯歴あり」と判明した場合はどうなるでしょうか。

この場合、採用時に申告を求めていない以上、「経歴詐称」には該当しない可能性が高くなります。そのため、犯歴があること「のみ」を理由として直ちに解雇等の厳しい処分を行うことは、合理性・相当性が認められにくく、不当解雇となるリスクが極めて高くなります。

事業者は、まず「対象業務以外(こどもと接しない事務職や別部門など)への配置転換」や「業務範囲の限定」を最優先で検討し実施しなければなりません。小規模な事業所等で配置転換先が全くなく、解雇以外の選択肢が取り得ないという事情の下で「普通解雇」を行う場合、こどもを守るという本法の趣旨が考慮されるものの、最終的には司法の場で個別具体的に有効性が判断されることになります。

3. 暫定的な対応(自宅待機命令)

防止措置として配置転換や解雇を行うためには、本人との面談や労働法上の手続きが必要であり、一定の時間がかかります。しかし、その間も対象者をこどもに接しさせるわけにはいきません。

そのため、確定的な措置が講じられるまでの暫定的な対応として、「自宅待機命令」や対象業務以外の業務に就かせることで、こどもとの接触を完全に回避することが必須となります。

第4章:事案発生時(おそれ2・3・4)の対応と懲戒処分

次に、現実に施設内で性暴力や不適切な行為の疑いが発生した場合の対応を解説します。

1. おそれ2:被害の申出があった場合(暫定的措置)

こどもや保護者から「特定の従事者から被害を受けた」と申出があった段階です。

  • 事業者の対応:事実関係の調査が完了する前であっても、最優先で被害拡大防止のための「接触回避(一時的な対象業務からの除外、自宅待機、別業務への配置など)」を行います。
  • 行政書士の警告:この段階はあくまで「暫定的な対応」です。事実関係が確認されていない未了の段階で、加害事実があることを前提とした懲戒処分や、確定的な不利益となる配置転換を行うことは、労働法上許されません。

2. おそれ3:性暴力等が行われたと合理的に判断される場合

事業者による客観的・中立な調査の結果、実際に性暴力等が行われたと判断された場合です。

  • 事業者の対応:対象業務に従事させないよう、就業規則に沿って「懲戒解雇」や「諭旨退職」などの厳格な懲戒処分を行います。懲戒処分が降格や減給にとどまる場合でも、こどもとの接触を回避するため、確定的措置としての配置転換等を併用することが不可欠です。

3. おそれ4:不適切な行為が行われたと合理的に判断される場合

調査の結果、犯罪には至らないものの、「不適切な行為(私的な連絡や密室での二人きり等)」が行われたと判断された場合です。

  • 重大な不適切な行為の場合:おそれ3に準じて、懲戒処分や配置転換等の厳格な対応を行います。
  • 初回かつ比較的軽微な場合:いきなり解雇や配置転換をするのではなく、まずは就業規則等に基づき、「当該行為を繰り返さないよう注意指導(けん責等)や研修受講命令」を行います。注意深く経過観察を行い、段階的な指導を重ねても改善されない(命令に従わない)場合に、より厳しい懲戒処分等を検討することになります。

いずれの場合においても、事業者はあらかじめ就業規則に「児童対象性暴力等やそれにつながる不適切な行為の禁止」を明記し、これに違反した場合は懲戒処分の対象となることを規定しておくことが大前提となります。

第5章:派遣労働者や業務委託(個人)に対する防止措置の特則

対象業務に従事する者が、自社の直接雇用の従業員ではなく、「派遣労働者」や「個人業務受託者(業務委託のフリーランス等)」である場合、防止措置の講じ方が大きく異なります。対応の違いを以下の表にまとめました。

雇用・契約形態措置の実施主体と基本対応契約等に盛り込むべき重要事項
派遣労働者派遣先が自らの権限内で環境調整等を実施した上で、派遣元へ労働者の交代等を要請する。派遣契約において「おそれがあると認めたときは交代を求めることができる」旨を規定しておく。
個人業務受託者委託者が業務委託契約の解除等により対象業務から外す対応をとる。業務委託契約書に「確認に応じること」「おそれがあると認められた場合は契約を解除する」旨の条項を明記する。

1. 派遣労働者に対する留意点と実務上のテクニック

派遣先(施設側)は、派遣労働者と直接の雇用関係がないため、配置転換や懲戒解雇といった措置を自ら講じる権限はありません。そのため、派遣元に対して労働者の交代等を要請することになります。

ここで最も注意すべきは、犯罪事実確認の結果(性犯罪前科があること)そのものを派遣元に伝えてはならないという点です。犯歴情報は究極のプライバシーであり、派遣元に伝えることは法第12条違反(情報漏えい)となり、罰則の対象となります。

いざ要請する際は「法に基づく『おそれ』があると認めた」という事実のみを派遣元に伝え、労働者の交代を求める運用とします。

2. 個人業務受託者に対する留意点

外部のフリーランスの指導者などに業務委託している場合、指揮命令権がないため、通常の業務変更等の命令はできません。契約解除等による迅速な対応ができるよう、事前の契約書整備がすべてを握っています。

第6章:防止措置の濫用防止と、労働者への配慮

最後に、防止措置を講じる上で事業者が忘れてはならない「労働者の保護」に関する視点です。

1. 無実が証明された場合の職場復帰と偏見防止

こどもや保護者から被害申出があり、暫定的に自宅待機等を命じて調査を行った結果、「加害を行っていないこと(無実)」が証明されるケースもあります。

この場合、対象業務従事者が職場復帰するにあたって、偏見や不利益が生じないよう最大限の配慮が必要です。自宅待機を命じる段階から、その理由は必要最小限の者の間でのみ共有し、根拠のないうわさ話が広がって従事者の尊厳を傷つけることがないよう、厳格な情報統制を行わなければなりません。

2. 労使トラブル時の公的機関の活用

万が一、配置転換や解雇等の防止措置の内容を巡って労働者とトラブルが生じた場合は、自社だけで抱え込まず、都道府県の労働局等に設置された「総合労働相談コーナー」や、紛争調整委員会によるあっせん制度等を積極的に活用し、法的に適切な解決を図ることが推奨されています。

まとめと次回予告

本記事では、こども性暴力防止法における「防止措置」と、労働法制上の対応について解説いたしました。

事業者の皆様に強くお伝えしたいのは、「法の施行(2026年12月)を待ってから対応したのでは遅い」ということです。

内定取消しや配置転換、懲戒処分を適法に行うためには、今の段階から、就業規則の改定、採用募集要項の見直し、誓約書の準備等に着手し、社内のルールとして周知・確立しておく必要があります。これらの事前の準備こそが、万が一の事案発生時に、こどもたちと、事業者の皆様自身を守る最大の防具となります。

次回、連載の最終回となる第5回では、本制度において最も厳格な取り扱いが求められる、究極のプライバシー情報(性犯罪歴)を扱うための【情報管理措置編】について、事業者が整備すべき体制とシステム上のルールを徹底解説いたします。ご期待ください。

(※本記事は、こども家庭庁策定の「こども性暴力防止法施行ガイドライン」及び各種Q&A等の公式資料に基づいて作成しております。今後の制度運用等により詳細が変更される場合がありますので、最新情報はこども家庭庁のホームページ等でご確認ください。)