「こども性暴力防止法(日本版DBS)」の徹底解説連載の第2回をお届けします。
前回の第1回では、法律の目的や「義務対象・認定対象」の区分、そして誰が制度の対象となるのかについて解説しました。今回は、こども家庭庁のガイドライン「Ⅴ. 安全確保措置(犯罪事実確認を除く)」を中心に、事業者が日常的に取り組むべき「こどもを守る環境づくり」と「不適切な行為への対応ルール」について詳細に解説していきます。
本制度のニュースでは「性犯罪前科の確認(日本版DBS)」ばかりが注目されがちですが、実務上、事業者が最も頭を悩ませ、かつ最も時間と労力を割いて準備しなければならないのが、この【日常的な安全確保措置】です。施行に向けてどのような準備が必要か、行政書士の視点から具体的なQ&Aや就業規則の規定例を交えて紐解いていきましょう。
参考:こども家庭庁 こども性暴力防止法(日本版DBS)について
はじめに:なぜ「犯罪事実確認」以外の安全確保措置が重要なのか?
こども性暴力防止法における事業者の責務は、単に「採用時に性犯罪前科がないかを確認する」ことだけではありません。法律が事業者に求めている安全確保措置は、大きく分けて以下の4つに分類されます。
- 日頃から講ずべき措置(初犯防止対策):服務規律等のルール作り、環境整備、面談等の実施、相談体制の整備、研修の実施など。
- 被害が疑われる場合の対応:事実関係の調査の実施、被害児童等の保護・支援など。
- 特定性犯罪前科の有無の確認(再犯防止対策):雇入れ時や配置転換時などにおける犯罪事実確認。
- 児童対象性暴力等の防止のための措置(防止措置):上記を踏まえ、性暴力等が行われる「おそれ」があると認められる場合に、対象業務に従事させないなどの雇用管理上の措置。
日本版DBSによる犯罪事実確認は、あくまで「過去に罪を犯して処罰された者」をスクリーニングするための再犯防止対策に過ぎません。現実には、前科がない者による初犯を防ぐことや、性暴力に至る前の「芽(不適切な行為)」を早期に摘み取ることこそが、こどもたちの安全を守るための最大の防御壁となります。
第1章:最重要課題「不適切な行為」の定義と就業規則への落とし込み
本制度を理解する上で避けて通れないのが「不適切な行為」の管理です。
1. 「不適切な行為」とは?
「不適切な行為」とは、行為そのものは不同意わいせつ等の犯罪には該当しなくとも、業務上必ずしも必要な行為とは言えず、その行為が継続・発展することにより児童対象性暴力等につながり得る行為(性的グルーミング等)を指します。
具体的には、「私用スマートフォンでこどもとSNSのやり取りをする」「業務上の理由なく密室で二人きりになる」「過度な身体的接触を行う」「特定のこどもだけを特別扱いする」といった行為が該当します。
2. 「不適切な行為」の判断基準は一律ではない
事業者の皆様から「ガイドラインの具体例は、すべての事業所で一律に禁止されるのか?」という疑問をよくいただきます。結論から言えば、すべての事業者で一律に不適切であると判断されるものではありません。
「不適切な行為」か否かは、事業内容、こどもの発達段階や特性、現場の状況等によって変わり得ます。例えば、未就学児に対する保育現場での身体的接触と、中高生に対する学習塾での身体的接触は意味合いが異なります。また、スポーツクラブにおけるフォーム指導のための身体的接触も、業務上必要な範囲であれば直ちに「不適切」とはなりません。
事業者は現場の従事者とコミュニケーションを図り、指導が過度に萎縮しないよう留意した上で、各事業者の実態に応じて「不適切な行為」の範囲を具体的に決定し、明文化することが求められます。
3. 就業規則(服務規律)の改定と規定例
事業者は、自社が定めた「不適切な行為」の範囲を、就業規則などの服務規律に明記し、従事者に周知しなければなりません。単に禁止するだけでなく、これらが【厳格な懲戒処分の対象になり得る】ことを明確に規定することが重要です。
【就業規則の規定例(こども家庭庁の参考例より一部抜粋・要約)】
(対象業務従事者の範囲)
第○条 当法人の職員のうち、次の各号に掲げる者は、こども性暴力防止法第2条第4項(又は第6項)に規定する教員等(又は教育保育等従事者)に該当するものとする。ただし、第○号に掲げる者については、業務を通して児童等と接する機会のない者を除く。
一 園長(教室長)
二 保育士(講師)
三 事務員
四 送迎バス運転手
(児童対象性暴力等及び不適切な行為の禁止)
第△条 職員は、児童等に対して、児童対象性暴力等及び次に掲げる不適切な行為を行ってはならない。
一 業務上の必要性なく、児童等とSNS等で私的な連絡をとること
二 正当な理由なく、児童等と密室で二人きりになること
三 児童等へ不必要又は過度な身体的接触を行うこと
四 (その他、各事業者の実態に応じて規定)
第2章:日頃から講ずべき安全確保措置(環境整備と研修)
ルールを定めた後は、それが守られる環境を作り、従事者の意識を高める措置が必要です。
1. 物理的な環境整備(死角の解消)
性暴力が発生しやすいのは、第三者の監視の目が届かない「密室」や「死角」です。事業者は以下の環境整備を行うことが推奨されます。
- 教室や面談室のドアをガラス窓付きのものにする(または常時開放する)。
- パーテーション等の高さを工夫し、外から中の様子が見えるようにする。
- 死角になりやすい場所に防犯カメラやミラーを設置する。
- 更衣室やトイレなどでの従事者の行動ルール(複数名での対応など)を徹底する。
2. 従事者に対する研修の義務化と実務Q&A
こども性暴力防止法では、対象となる従事者に対して、児童対象性暴力等の防止に関する研修を受講させることが義務付けられています。研修では、法律の概要、性暴力の実態(グルーミング等)、安全確保措置、情報管理措置などを学びます。
以下に、研修実施に関して現場からよく寄せられる疑問を表にまとめました。
| 現場の疑問(Q) | 実務対応と解説(A) |
| 短期のアルバイトやボランティアにも受講義務はある? | あります。無償・有償を問わず、支配性・継続性・閉鎖性の3要件を満たす業務に従事する者はすべて対象です(1日限りのイベント等で継続性がない場合は除外)。 |
| 他社ですでに研修を受講した講師にも再受講させる必要はある? | 再受講させる必要があります。研修は各事業者の義務であり、自社の服務規律やルールを理解させるために実施しなければなりません。 |
| 外部からの「派遣社員」に対し、研修義務を負うのは派遣元? | 研修を実施する義務を負うのは「派遣先」の事業者です。派遣元と連携し、事前の役割分担を定めておくことが重要です。 |
| 複数教室を展開する法人の場合、研修は各施設ごとに実施すべき? | 法人として一括でオンライン研修を実施することも可能です。重要なのは「全対象者が確実に受講し、受講記録を事業者が管理していること」です。 |
第3章:被害の早期把握と相談体制の構築
いかに未然防止策を講じてもリスクはゼロにはなりません。こどもの異変にいち早く気付くための「早期発見の仕組み」が不可欠です。
1. 日常的な観察と定期的な面談・アンケート
こどもは加害者から口止めされているケースも多く、自ら被害を訴えることが困難です。
- 日常的な観察:服装の乱れ、特定の大人を極端に怖がる、急に成績が落ちる等の「サイン」を見逃さず、従事者間で情報を共有します。
- 面談・アンケート:こどもの発達段階に応じて、定期的にこどもや保護者に対して面談やアンケートを実施し、不適切な関わりがないかを確認します。
2. 相談しやすい窓口の設置と周知
施設内に相談窓口(担当者)を設置します。加害者が施設の長である最悪のケースも想定し、法人本部や外部の第三者機関(弁護士等)を窓口とすることも有効です。連絡先はホームページや入園・入塾時のハンドブックに記載し、周知を徹底します。
第4章:事案発生時・被害が疑われる場合の対応と「防止措置」
万が一、不適切な行為の疑いが発覚した場合、事業者は迅速かつ慎重な対応を迫られます。
1. 初期対応(暫定的措置)と事実関係の調査
被害申出があった場合、事業者の最優先事項は「こどもの安全確保」と「二次被害の防止」です。事実関係の調査が完了する前であっても、加害が疑われる従事者を一時的に対象業務から外し、こどもと接しない別業務に従事させる等の暫定的な防止措置を講じます。
その後、専門家(児童相談所や警察等)と連携しながら慎重にヒアリング等の調査を実施します。
2. 調査結果に基づく「雇用管理上の防止措置」
調査の結果、重大な行為が行われたと判断された場合は、法に基づく本格的な防止措置を講じます。
- 児童対象性暴力等に該当する場合:就業規則に基づき、懲戒解雇や普通解雇等の厳しい処分を行います。解雇以外の懲戒処分にとどまる場合でも、対象業務以外への「配置転換等」が必須となります。
- 不適切な行為の場合:重大な行為や繰り返しの場合は上記と同様の処分等を行います。初回かつ比較的軽微であると判断された場合は、いきなり配置転換を行うのではなく、【注意指導】や【研修受講命令】を行い、その後の経過観察を行うことが求められます。
【行政書士のワンポイントアドバイス】
法律上「こどもに接する業務から外さなければならない」とされていても、労働基準法や労働契約法の制約が免除されるわけではありません。不当解雇等の訴訟リスクを回避するためにも、第1章で述べたように、就業規則に「どのような行為が懲戒処分の対象となるか」を詳細に規定しておくことが強力な盾となります。
第5章:例外的な「いとま特例」と安全確保措置
実務上、急な退職等により犯罪事実確認結果を待っていては事業が回らないケースが存在します。
1. いとま特例とは?
やむを得ない事情により犯罪事実確認を行う時間的余裕がなく、直ちに従事させなければ事業運営に著しい支障が生じる場合に限り、特例的に確認前に従事を開始させることができる制度です。この場合、確認期限は原則従事開始から3ヶ月以内となります。
2. いとま特例適用時に求められる「厳格な措置」
いとま特例を適用して未確認の者を現場に立たせる場合、事業者はその者を「特定性犯罪前科があるかもしれない者」とみなし、以下の厳格な措置をすべて講じる必要があります。
- 原則、こどもと一対一にさせないこと(常に他の職員が同席するか監視の目が届くシフトを組む)。
- 当該従事者に対して、事前に特例の趣旨や研修を受講させること。
- 管理職による定期的な巡回や声掛けを行うこと。
いとま特例はあくまで例外であり、事業者は計画的な採用と早めの申請を心掛けることが大前提です。
まとめと次回予告
第2回となる今回は、こども性暴力防止法における「安全確保措置」について、日頃の環境づくり、不適切な行為の禁止と就業規則の整備、早期発見、事案発生時の対応を詳細に解説いたしました。
法律施行の2026年12月に向けた準備は今日から始められます。まずは自社の事業特性を振り返り、「何が不適切な行為に当たるか」の洗い出しと、就業規則の見直しに着手してください。
次回、連載第3回では、いよいよ本制度の核心部分である【犯罪事実確認(日本版DBS)編】として、対象となる犯罪の範囲や「こまもろうシステム」を利用した実務フローについて徹底解説いたします。ご期待ください。
(※本記事は、こども家庭庁策定の「こども性暴力防止法施行ガイドライン」及び関連公式資料に基づいて作成しております。最新情報はこども家庭庁のホームページ等でご確認ください。)
