こども福祉専門の行政書士として、こども性暴力防止法(日本版DBS)に関する実務Q&A連載をお届けしております。
第4回となる今回は、【防止措置と労働法制上の実務対応】がテーマです。
犯罪事実確認によって「特定性犯罪前科がある」と判明した場合や、実際に施設内で性暴力や不適切な行為の疑いが発生した場合、事業者はその従業員をこどもと接する業務から外す「防止措置」を講じなければなりません。
しかし、この措置は労働基準法や労働契約法等の制約を受けるため、「不当解雇」や「配置転換の無効」といった労働トラブルに発展するリスクが最も高い領域でもあります。前編では、防止措置の基本ルールと、労働トラブルを防ぐために今すぐ着手すべき採用プロセスの見直し(事前準備)について、20の疑問(Q1からQ20)に詳しくお答えします。
参考:こども家庭庁 こども性暴力防止法(日本版DBS)

目次
  1. 第1章:防止措置の基本と「おそれ」の判断基準
    1. Q1. 防止措置とは何ですか?どのような場合に講じなければならないのですか?
    2. Q2. 「性暴力が行われるおそれ」とは、具体的にどのようなケース(パターン)がありますか?
    3. Q3. 防止措置として行われる「雇用管理上の措置」にはどのようなものがありますか?
    4. Q4. こどもの安全が最優先ですが、防止措置を講じる際に労働関係法令の制約は受けるのでしょうか?
  2. 第2章:雇用管理上の措置(配置転換・内定取消し等)の法的留意点
    1. Q5. 防止措置として「配置転換」を行う場合、本人の同意は必要ですか?
    2. Q6. 新規採用者に対して「内定取消し」を行う場合、どのような要件を満たす必要がありますか?
    3. Q7. 試用期間中に解雇(本採用拒否)を行う場合、通常の解雇と何が違うのですか?
    4. Q8. 就業規則に書いていない理由で「懲戒処分」を行うことはできますか?
    5. Q9. 他の措置がとれず「普通解雇」をする場合、適法と認められるのでしょうか?
  3. 第3章:特定性犯罪前科が判明した場合の対応と事前準備
    1. Q10. 犯罪事実確認の結果、従事者に「特定性犯罪前科がある」ことが判明した場合、どのような措置をとるべきですか?
    2. Q11. 前科があることが判明した場合、労働トラブルを避けて適法に処分するためには、どのような事前準備が必要ですか?
    3. Q12. 採用募集要項や求人票には、具体的にどのような記載をしておくべきですか?
    4. Q13. 採用面接等の際に、前科の有無をどのように確認しておくべきですか?
    5. Q14. 就業規則には、事前にどのような規定を定めておく必要がありますか?
    6. Q15. 事前準備(書面での確認等)を確実に行っていた場合、前科が判明したらどのような処分になりますか?
    7. Q16. 逆に、事前の確認を行っていなかった現職者の場合、前科が判明したという理由だけで懲戒解雇できますか?
  4. 第4章:暫定措置(自宅待機等)と「経歴詐称」の認定
    1. Q17. 事前の確認を行っていなかった現職者に対しては、どのような措置を最優先で検討すべきですか?
    2. Q18. 配置転換等を行うまでの準備期間中、そのまま現場に立たせておいてよいのでしょうか?
    3. Q19. 暫定的な措置として「自宅待機」を命じることは、法的に問題ありませんか?
    4. Q20. 求職者が「特定性犯罪事実該当者ではありません」と虚偽の誓約書を提出していた場合、これは「重要な経歴の詐称」に当たりますか?
  5. 第4回(前編)のまとめと次回予告

第1章:防止措置の基本と「おそれ」の判断基準

まずは、法律が事業者に義務付けている「防止措置」とは何か、どのようなケースで講じるべきかを確認しましょう。

Q1. 防止措置とは何ですか?どのような場合に講じなければならないのですか?

A. 防止措置とは、事業者が犯罪事実確認の結果や児童等との面談・相談の内容などの事情を踏まえ、従事者による児童対象性暴力等が行われる「おそれ」があると認めるときに、その者を対象業務(こどもと接する業務)に従事させないこと等、性暴力を防止するために必要な措置を講じることをいいます。

Q2. 「性暴力が行われるおそれ」とは、具体的にどのようなケース(パターン)がありますか?

A. 大きく分けて以下の4つのパターンが想定されています。

おそれの分類具体的な状況
(ア) 前科が判明した場合犯罪事実確認の結果、特定性犯罪事実該当者であった場合
(イ) 被害の申出があった場合在籍するこどもや保護者から、特定の従事者による性暴力被害の申出があった場合(調査未了の段階)
(ウ) 加害事実が認定された場合事業者の調査等の結果、性暴力が行われたと合理的に判断される場合
(エ) 不適切な行為が認定された場合調査等の結果、重大な不適切な行為、または不適切な行為が行われたと合理的に判断される場合

Q3. 防止措置として行われる「雇用管理上の措置」にはどのようなものがありますか?

A. 従事者を対象業務から外すための措置として、配置転換(こどもと接しない業務・別部署への異動)や業務範囲の限定のほか、新規採用者の場合は内定取消しや試用期間中の解約(本採用拒否)、そして普通解雇、出向・転籍、懲戒処分(懲戒解雇など)といった雇用上の不利益措置が想定されます。

Q4. こどもの安全が最優先ですが、防止措置を講じる際に労働関係法令の制約は受けるのでしょうか?

A. はい、受けます。こども性暴力防止法に基づく防止措置であっても、労働基準法や労働契約法といった労働関係法令の制約が免除されるわけではありません。そのため、配置転換や解雇、懲戒処分等を行う場合は労働法制に沿って適法に対応する必要があり、手続きを誤ると不当解雇や権利の濫用として無効になるリスクがあります。

第2章:雇用管理上の措置(配置転換・内定取消し等)の法的留意点

配置転換や解雇といった処分を有効に行うための、法的な要件について解説します。

Q5. 防止措置として「配置転換」を行う場合、本人の同意は必要ですか?

A. 就業規則に「業務上の都合により配置転換を命じることができる」旨の定めがあり、かつ雇用契約上、勤務地や職種を限定する合意がない場合には、労働者の同意なしに配置転換を命じることができます。しかし、勤務地限定や職種限定の合意が明示または黙示にある場合はその合意に反する配置転換となるため、本人の個別的同意が必要となります。

Q6. 新規採用者に対して「内定取消し」を行う場合、どのような要件を満たす必要がありますか?

A. 判例上、採用内定取消しが有効と認められるためには、「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であり、これを理由として採用内定を取り消すことが客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるもの」に限られます。実務上はこれを担保するために、内定取消事由としてあらかじめ「重要な経歴の詐称」を定めておくことが極めて重要です。

Q7. 試用期間中に解雇(本採用拒否)を行う場合、通常の解雇と何が違うのですか?

A. 試用期間は、判例上「解約権留保付雇用契約」と解釈されており、通常の解雇よりも広い範囲で解雇(留保解約権の行使)が認められます。しかしどのような理由でもよいわけではなく、解約権の行使が客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許される点に注意が必要です。

Q8. 就業規則に書いていない理由で「懲戒処分」を行うことはできますか?

A. できません。労働契約法や最高裁判例において、使用者が労働者を懲戒するためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別(けん責、減給、懲戒解雇など)と懲戒事由を定めておき、その就業規則を労働者に周知している必要があります。

Q9. 他の措置がとれず「普通解雇」をする場合、適法と認められるのでしょうか?

A. 普通解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利を濫用したものとして無効となります。配置転換等の措置を講じることを十分に検討したが、解雇以外の選択肢が取り得ないという事情があったと認められる場合に、その事情は有効性の判断において重要な要素として考慮され得ますが、最終的には司法の場で個別の事実関係に基づいて判断されます。

第3章:特定性犯罪前科が判明した場合の対応と事前準備

犯罪事実確認の結果、「前科あり」と判明した従事者を適法に処分するためには、採用プロセスの段階からの事前準備がすべてを握っています。

Q10. 犯罪事実確認の結果、従事者に「特定性犯罪前科がある」ことが判明した場合、どのような措置をとるべきですか?

A. 特定性犯罪事実該当者については、性暴力が行われる「おそれ」があるとの判断の下、原則として対象業務に従事させない措置をとることが求められます。新規採用の場合は内定取消し等、現職者の場合は対象業務以外への配置転換等を検討することになります。

Q11. 前科があることが判明した場合、労働トラブルを避けて適法に処分するためには、どのような事前準備が必要ですか?

A. 採用プロセスの段階で、以下の3点を確実に行っておくことが不可欠です。

必要な事前準備具体的な対応内容
1. 就業規則等の整備内定取消事由や試用期間中の解約事由・懲戒事由として「重要な経歴の詐称」を定めて周知しておく。
2. 採用条件の明示採用募集要項等の採用条件に「特定性犯罪前科がないこと」を明示する。
3. 書面での明示的な確認誓約書や履歴書等を通して、特定性犯罪前科の有無を書面等で明示的に申告・確認させる。

Q12. 採用募集要項や求人票には、具体的にどのような記載をしておくべきですか?

A. 特記事項等の欄に、当法人がこども性暴力防止法の対象事業者(または認定予定事業者)であること、本業務に従事するには犯罪事実確認が必要となること、前科がある場合は従事させられないため採用条件として「特定性犯罪の前科がないこと」を求めていること、そして「採用選考過程において誓約書等により前科の有無を確認する」旨を明記します。

Q13. 採用面接等の際に、前科の有無をどのように確認しておくべきですか?

A. 口頭で尋ねるだけでなく、履歴書の賞罰欄の記入や、別途提出させる誓約書等を通じて、特定性犯罪前科の有無を書面等で明示的に申告・確認させることが極めて重要です。これを怠ると、後から前科が判明しても経歴詐称に問えず、適法な処分ができなくなる可能性があります。

Q14. 就業規則には、事前にどのような規定を定めておく必要がありますか?

A. 試用期間の解約事由や懲戒事由として「学歴、職歴、資格、犯罪歴その他の重要な経歴を詐称して雇用されたとき」を定めておく必要があります。あわせて、こども性暴力防止法に基づく「犯罪事実確認の手続に対応しなければならない義務」も服務規律として規定しておきます。

Q15. 事前準備(書面での確認等)を確実に行っていた場合、前科が判明したらどのような処分になりますか?

A. 採用時に特定性犯罪前科はないと申告(または黙秘)していたにもかかわらず、入職後の犯罪事実確認で前科が判明した場合は、就業規則等に定めた「重要な経歴の詐称」に該当することになります。これにより、適法に内定取消し、試用期間中の解約、または懲戒解雇等を行う根拠となります。

Q16. 逆に、事前の確認を行っていなかった現職者の場合、前科が判明したという理由だけで懲戒解雇できますか?

A. 採用選考過程で明示的に前科の有無を確認していなかった場合、後から前科が判明したとしても「重要な経歴を詐称した」とは言えません。そのため、その事実のみを理由として直ちに解雇等の厳しい処分を行うことは、合理性・相当性が認められにくく、無効(不当解雇)となる可能性が高くなります。

第4章:暫定措置(自宅待機等)と「経歴詐称」の認定

Q17. 事前の確認を行っていなかった現職者に対しては、どのような措置を最優先で検討すべきですか?

A. 経歴詐称による懲戒解雇が困難であるため、まずはこどもと接しない別業務(事務職等)への配置転換や、業務範囲・従事場所の見直しを最優先で検討し、速やかに対象業務に従事させないように対応しなければなりません。

Q18. 配置転換等を行うまでの準備期間中、そのまま現場に立たせておいてよいのでしょうか?

A. いけません。配置転換先を検討したり、本人と面談したりするために一定の準備期間を要する場合であっても、準備を理由としてこどもとの接触を回避しないことは適当ではありません。確定的な措置が講じられるまでの暫定的な対応として、対象業務以外の業務に従事させるか、自宅待機を命じる必要があります。

Q19. 暫定的な措置として「自宅待機」を命じることは、法的に問題ありませんか?

A. 自宅待機命令は、業務上の必要性がない場合等は無効となるという裁判例もありますが、法に基づく防止措置(こどもの安全確保)を講じる義務が生じている以上、業務命令権の一環として自宅待機を命じることは一般に可能であると考えられています。

Q20. 求職者が「特定性犯罪事実該当者ではありません」と虚偽の誓約書を提出していた場合、これは「重要な経歴の詐称」に当たりますか?

A. はい、当たります。特定性犯罪前科がないことを採用条件として明示し、誓約書等で確認したにもかかわらず本人が虚偽の申告をした場合は、労働関係法令上、内定取消事由や懲戒事由としての「重要な経歴の詐称」に該当するものと考えられます。

第4回(前編)のまとめと次回予告

今回は、防止措置の大原則と、特定性犯罪前科が判明した場合の人事労務対応について解説いたしました。
事業者様が労働トラブルから身を守るための最大の防衛策は、「採用時の前科の有無の書面確認」と「就業規則等の改定」をセットで行っておくことです。法の施行を待ってからでは遅いため、今のうちから採用プロセスの見直しに着手してください。


次回、【第4回(後編)】では、これらの事前準備の全体像のおさらいと、現実に施設内で「不適切な行為」や「性暴力の疑い」が発生・発覚してしまった場合の初期対応や指導・懲戒のルールについて、Q21からQ40の疑問にお答えします。どうぞご期待ください。