令和8(2026)年12月25日にいよいよ施行される「こども性暴力防止法(日本版DBS)」。この法律は、こどもたちを性暴力から守るための画期的な仕組みとして大きな期待を集めています。根拠となるのは、令和6年6月に成立した「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」です。
本制度においては、学校や認可保育所などの「義務対象事業者(法定事業者)」が対象となるのはもちろんのこと、民間が運営する学習塾やスポーツクラブ、ダンススクール、認可外保育施設なども広く対象に含まれます。一方で、これらの民間事業者は、国の認定を受けることで任意に制度へ参画できる「認定対象事業者(認定事業者等)」と位置付けられています。
しかし、現場の経営者や人事担当者の皆様からは、「自社の事業は本当に認定を受けられるのか」「どのような仕事をしている人が犯罪事実確認(犯歴照会)の対象になるのか」「職種や場面ごとの具体的な線引きがわからない」といった不安や疑問の声が非常に多く寄せられています。
したがって本記事では、こども福祉を専門とする行政書士の視点から、民間教育保育等事業者(認定対象事業者)が必要とする情報に特化し、対象となる事業の定義、対象となる従事者の判断基準(3つの要件)、そして業種・職種ごとの具体的な実務シミュレーションについて詳細に解説いたします。
第1章:義務対象と認定対象の違いと「認定」の社会的メリット
まずは、本制度の全体像における「義務対象」と「認定対象」の区分について正しく理解することから始めましょう。
1-1. 義務対象事業者と認定対象事業者の区分
こども性暴力防止法では、事業者の性質に応じて、取組が法律上の義務となるか、任意の認定となるかが明確に分かれています(根拠:こども性暴力防止法第2条および第15条)。
| 区分 | 概要 | 対象となる施設の例 |
| 義務対象事業者(学校設置者等) | 公立・私立を問わず、全ての施設に本制度への対応が義務付けられます。 | 幼稚園、小学校、中学校、高校、特別支援学校、認可保育所、認定こども園、児童養護施設、指定障害児通所支援事業など |
| 認定対象事業者(民間教育保育等事業者) | 学校設置者等以外の民間サービス分野などが該当します。国(こども家庭庁)に申請して認定を受けることで、任意で取組の対象となります。 | 学習塾、スポーツクラブ、ダンススクール、認可外保育施設、一時預かり事業、病児保育事業、放課後児童クラブなど |
1-2. 民間事業者が「認定」を自主的に取得すべきメリット
認定の申請は法律上「任意」とされています。しかし、民間事業者がこの認定を自主的に取得することには極めて大きなメリットが存在します。
・「認定事業者マーク(こまもろうマーク)」による信頼性の可視化
国からの認定を受けると、事業者は施設入口やパンフレット、自社ウェブサイト等に「認定事業者マーク(こまもろうマーク)」を掲示できるようになります。その結果、こどもを性暴力から守るための取組を適切に実施している安全な事業者であることを、保護者に対して一目でアピールすることができます。
・国による事業者名の公表と保護者からの選ばれる仕組み
認定を受けた事業者は、こども家庭庁のウェブサイトにおいて事業者名や事業概要が公表されます。さらに、これが保護者がこどもの預け先や習い事を選ぶ際の重要な判断基準となるため、認定を取得していること自体が競合他社との圧倒的な差別化につながります。
・優秀な求職者(指導者・講師)の確保
求職者にとっても、希望業務が犯罪事実確認の対象か否かを事前に判断できます。つまり、労働環境としての健全性や安全性を確認できるため、意欲ある優秀な人材が集まりやすくなります。
第2章:自社の事業は申請できるか?認定対象となる民間教育事業の4要件
すべての民間習い事教室が認定を申請できるわけではありません。こども家庭庁のガイドラインにおいては、対象となる「民間教育事業」の範囲を画定するため、以下の厳格な4要件を設けています。したがって、この4要件をすべて満たしていることが認定申請のスタートラインとなります。
| 要件 | 内容と具体例 |
| ①対面指導要件 | こどもと直接接する対面による指導が行われること。完全にオンライン上でのみサービスを提供する事業は対象外です。 |
| ②期間要件 | 技能や知識を習得するための標準的な期間が「6か月以上」であること。一時的なイベントや数日間の短期合宿は対象外です。 |
| ③場所要件 | 事業者が主体的に用意する「場所(事業所等)」で指導を行うこと。児童の自宅に赴く家庭教師派遣やベビーシッターは対象外です。 |
| ④人数要件 | 技芸又は知識の教授を行う者が「3人以上」であること。法人全体の人数ではなく、直接こどもに教える実務を担うスタッフの数で判断します。 |
第3章:自社で働く誰が対象か?「対象業務従事者」を特定する3要件
事業者が国の認定を受けた場合、次にクリアすべき課題は、自社のスタッフのうち一体誰に犯罪事実確認(日本版DBSの照会)を実施しなければならないのかを特定することです。
対象となる「教育保育等従事者」は、正社員やアルバイトといった雇用形態や、有償・無償の別を問いません。判断を左右するのは、職名ではなく、実際の業務が以下の3つの要件をすべて満たしているか否かです(根拠:こども家庭庁ガイドライン)。
| 要件 | 定義 | 実務的な見方 |
| ①支配性 | 教育・指導等を通じて、従事者が支配的・優越的な立場に立つこと | 大人(指導者)とこどもの間に非対称な力関係があり、こどもが指示に従わざるを得ない関係にある場合。 |
| ②継続性 | 単発の接触にとどまらず、継続的に密接な人間関係を持つこと | 同じこどもに対して複数回、あるいは長期間にわたって定期的に接する業務。 |
| ③閉鎖性 | 保護者や他の従事者の監視が届かず、他者の目に触れにくい状況の下で指導等を提供すること | 個室での個別指導、一対一の面談、更衣室、送迎バスの車内など、密室や死角が生じやすい状況。 |
第4章:職種別の徹底判定ガイド:一律対象と実態判断
ガイドラインにおいては、事業所で働くスタッフを「職種全体が対象になるもの」と「職種の一部が対象になり得るもの」の2つに大別しています。
4-1. 職種全体が常に一律で対象となる職種
以下の職種については、業務の性質として常に「支配性・継続性・閉鎖性」の3要件を満たします。したがって、事業者の判断で対象から外すことは一切認められません。
・教室長、事業所長、代表者:施設の運営を統括し、児童を指揮監督する立場にあるため。
・講師、指導員、インストラクター、コーチ:直接こどもに知識や技術を教授し、日常的に密接な関係を築くため。
4-2. 職種の一部が対象になり得る職種(実態判断)
事務員や警備員などの職種は、実際の業務内容においてこどもと接する機会があるか、死角や一対一の環境が生じるかを精査し、事業者が個別に判断を行います。
実際にこども家庭庁が、業務の一部における「閉鎖性」をどこまで厳格に問うかについては、今後の運用実態の蓄積を待つ必要があります。ただし、リスク管理の観点からは、少しでも密室でこどもと接する機会がある場合は対象に含めるべきだと考えられます。
第5章:【業種別】実務判定シミュレーションと具体例
よりイメージしやすいよう、認定対象事業として想定される代表的な業種について具体的なシミュレーションを解説します。
5-1. 学習塾(集団指導および個別指導)
学習塾は対面での学習指導があり、通常は6か月以上の通塾契約を結ぶため、4要件を満たしやすく積極的に認定を目指すべき業種です。
・教室長、集団・個別指導講師:全員が必ず対象となります。
・受付、事務スタッフ:基本は実態判断です。電話対応や経理業務のみでこどもと接しない場合は対象外です。一方で、保護者の迎えを待つこどもを別室で一対一で待機させる役割がある場合は、対象として特定する必要があります。
5-2. スポーツクラブ・ダンススクール
指導のためにこどもの身体に直接触れる業務プロセスが存在し、さらに更衣室の利用など閉鎖性が高い場面が多く発生します。
・インストラクター、コーチ:全員が必ず対象です。
・更衣室の監視スタッフ、送迎バス添乗員:極めて高い閉鎖性の空間で児童と継続的に接するため、職名がアシスタントであっても犯罪事実確認の対象となります。
5-3. 認可外保育施設
乳幼児を預かる業務の性質上、こどもが自分の意思で危険を訴えたり逃れたりすることが著しく困難であるため、より慎重な設計が求められます。
・保育従事者(保育士、保育補助など):全員が必ず対象です。
・給食の調理員:完全に厨房に閉じこもって調理のみを行う場合は対象外にできます。しかし、自らが教室に配膳に入り食事の介助をサポートする場合などは対象に含める必要があります。
第6章:企業が取り組むべき実務手順
施行日(令和8年12月25日)をスムーズに迎えるために、民間事業者は今すぐ以下のプロセスに組織的に取り組まなければなりません。
| ステップ | 取り組むべき内容 |
| 1. 対象者リストの確定 | 在籍する全スタッフを洗い出し、3要件に照らし合わせて犯罪事実確認の対象者リストを作成する。 |
| 2. 「不適切な行為」の明文化 | 密室で二人きりにならない、SNS等で私的なやり取りをしない等、自社の実態に応じた不適切な行為の範囲を決定する。 |
| 3. 就業規則の改定 | 特定性犯罪の前科判明や不適切な行為を懲戒事由として就業規則に追加し、労働者に周知する。 |
| 4. 採用プロセスの見直し | 求人票に犯罪事実確認が必要な旨を明記し、採用選考時に「前科がないこと」の誓約書を提出させる。 |
まとめ
こども性暴力防止法(日本版DBS)の導入は、単なる事務手続きの増加ではありません。なぜなら、こどもたちを守り抜く姿勢を社会に示すことで、親御様から選ばれ、信頼される健全なブランドを確立するための最大のチャンスだからです。
実務に迷われた際は、企業法務を専門とする我々行政書士にご相談ください。保護者の皆様、そして社会全体から心から信頼される素晴らしい教育保育環境を共に創り上げていきましょう。
次回は、より具体的な「こまもろうシステムの操作方法と、戸籍提出を拒否された場合の労務対応」についてお届けします。どうぞお楽しみに。