こども性暴力防止法において、こどもたちを性暴力から守るための「犯罪事実確認(日本版DBS)」は、対象業務の「従事開始前に行う」ことが絶対的な大原則です。しかし、現実の事業運営では急な欠員などにより、どうしても確認結果を待てない場面が生じます。この大原則の例外措置として設けられているのが「いとま特例」です。

例外措置であるがゆえに、特例が適用される「やむを得ない事情」の判断基準や、適用時の安全確保義務は、ガイドラインで極めて厳格に定められています。本記事では、いとま特例の適用要件と手続き、そして万が一、特例適用による従事開始後に「犯歴あり」と判明した場合の労働法上の対応について、詳細に解説いたします。

参考:こども家庭庁 こども性暴力防止法(日本版DBS)について

目次
  1. 第1章:いとま特例の「やむを得ない事情」5つの分類と判断基準
    1. 1. 新規採用における「やむを得ない事情」
    2. 2. 人事異動における「やむを得ない事情」
    3. 3. 事業者間契約(派遣や請負等)における「やむを得ない事情」
    4. 4. 組織変更等・新規事業における「やむを得ない事情」
    5. 5. その他の事情(交付遅延など)
    6. 行政書士からの実務アドバイス
  2. 第2章:いとま特例の適用に必要な手続きと安全確保措置
    1. 1. いとま特例適用における3つの手続き
    2. 2. 未確認者を現場に立たせるための「安全確保措置」
  3. 第3章:システムによる「事前通知」と従事者のプライバシー保護
  4. 第4章:いとま特例適用後に「犯歴あり」が判明した場合の労働法上の対応
    1. 1. 試用期間中の解雇(留保解約権の行使)の法的な位置づけ
    2. 2. 「重要な経歴の詐称」を問えるかどうかが最大の分かれ目
    3. 3. 事前準備の有無による法的な結果の違い
  5. まとめ
    1. こども性暴力防止法(日本版DBS)「いとま特例」の適用基準と犯歴判明時の実務対応
    2. 【行政書士が徹底解説】2026年12月施行 こども性暴力防止法(日本版DBS)の「情報管理措置」と事前準備ロードマップ(連載第5…
    3. 【行政書士が徹底解説】2026年12月施行 こども性暴力防止法(日本版DBS)の「防止措置」と労働法制上の実務対応(連載第4回)

第1章:いとま特例の「やむを得ない事情」5つの分類と判断基準

事業者の皆様が実務において適切に判断できるよう、ガイドラインで示されている「やむを得ない事情」の5つの分類と、それぞれの「認められる例」「認められない例」を解説します。

1. 新規採用における「やむを得ない事情」

急な欠員や想定外の事態など、事業者の責めに帰すことのできない事情により、短期間に採用し従事させる必要がある場合です。

判断具体的な事例
認められる例・新年度の入学者数や放課後児童クラブの利用者数が想定を上回ることが直前に判明し、短期間に従事者を採用する場合。
・急な病欠や辞職、採用辞退等により、代替要員を急遽採用する場合。
・事件や事故が発生し、こどもの心のケアのために急遽支援職を配置する場合。
・欠員が予見されていたため採用活動を継続して行っていたが応募者がなく、当初の従事予定日を過ぎてから(あるいは直前に)ようやく採用できた場合。
認められない例・定年退職など、あらかじめ欠員が予見できたにもかかわらず、計画的な採用活動を行わなかった場合。
・犯罪事実確認が終わるまでの間、法人本部等の「こどもと接さない業務」に従事させても、事業運営に著しい支障が生じない場合。

2. 人事異動における「やむを得ない事情」

異なる事業者間の異動や、同一事業者内での配置転換に伴い確認が必要となる場合で、国や自治体の予算編成上の制約等により、異動の決定(内示)が直前となるケースです。

判断具体的な事例
認められる例・国や自治体の予算案が編成された後に配置を確定させて内示を行うため、どうしても内示が直前となった場合。
※玉突き人事のケース:予算編成の制約を直接受けないポストであっても、制約を受ける他のポストの状況により配置が確定できず、内示が直前までできない場合は該当し得ます。
・高齢者介護と保育の両方を行う事業者が、突然退職した保育事業の従事者の補充として、急遽、介護事業の従事者を異動させる場合。
認められない例・内示の時期を早めることに特段の支障がないにもかかわらず、「毎年の慣行として内示は異動直前に行ってきた」という理由で、従事開始直前に内示をした場合(現行の内示時期では間に合わない場合、採用スケジュールの前倒し等の見直しが必要です)。

3. 事業者間契約(派遣や請負等)における「やむを得ない事情」

労働者派遣契約や請負契約等において、事業者の責めに帰すことのできない事情で手続きが遅れた場合です。

判断具体的な事例
認められる例・派遣契約自体は締結できていたが、派遣元(派遣会社)の都合により派遣労働者の通知が遅れ、従事開始の直前になった場合。
認められない例・契約の締結等に一定の遅れはあったものの、犯罪事実確認の標準処理期間を踏まえた「十分な余裕」があったにもかかわらず、確認の申請を行っていなかった場合。

4. 組織変更等・新規事業における「やむを得ない事情」

合併・分割、事業譲渡によって事業を承継した場合や、新規事業の許認可が直前になった場合です。このケースに限り、特例の期限が原則の3ヶ月以内ではなく、法定上限の「6ヶ月以内」となります。

判断具体的な事例
認められる例・法人の合併等により、承継した事業に従事する多数の元従事者等について、一度に犯罪事実確認を行う必要がある場合。
・4月からの事業開始に向けて適切に認可手続きを進めてきたが、自治体等からの認可が3月中旬となり、従事開始までに十分な期間(標準処理期間の最長期間)を確保できなかった場合。
認められない例・合併等の契約締結日から効力発生日までに十分な期間があり、引き続き対象事業に従事することが決まっていた者について、時間的余裕があったにもかかわらず実施していなかった場合。

5. その他の事情(交付遅延など)

事業者が十分に余裕をもって申請したにもかかわらず、システムや国の都合で確認結果が間に合わない場合などです。

判断具体的な事例
認められる例・従事開始予定日までに「十分な余裕(日本国籍者は1ヶ月、外国籍者は2ヶ月)」を確保して交付申請を行ったにもかかわらず、従事開始までに犯罪事実確認書の交付が受けられない場合。
認められない例・従事者が戸籍関連情報の提出を怠ったために手続きが遅れた結果、従事開始の1週間前など、十分な期間を確保できずに交付申請を行った場合。
・学校(現場)からの採用報告が無く、教育委員会(事業者)が採用自体を把握していなかったために交付申請が直前になってしまった場合(事業者側の連携不足であり、やむを得ない事情には該当しません)。

行政書士からの実務アドバイス

事業者の皆様からよくあるご質問として、「ガイドラインに記載されていない事情でも、自社で『やむを得ない』と判断すれば特例を適用できるか?」というものがあります。

答えは「適用できません」です。特例が適用され得る事情はガイドラインで示されたものに限定されており、それに該当しない場合は、原則どおり従事開始前に犯罪事実確認を終えなければなりません。

また、臨時的任用教職員(臨採)やスポットワーカーであっても、「臨時だから」という理由だけで自動的にいとま特例が適用されるわけではなく、予見できない欠員等の事情に当てはまるかどうかが厳格に問われます。事業者の皆様におかれましては、この特例に頼ることなく、確認にかかる期間(約1から2ヶ月)を逆算した余裕のあるスケジュール構築をお願いいたします。

第2章:いとま特例の適用に必要な手続きと安全確保措置

こども性暴力防止法において「いとま特例」を適用する場合、国や自治体に対して事前の許可申請や単独の特例適用報告といった特別な手続きを別途行う必要はありません。事業者が自らの責任において該当すると判断した場合、以下の3つのタイミングに沿って手続きを行います。

1. いとま特例適用における3つの手続き

  1. 交付申請時:こまもろうシステムへの入力対象従事者の「犯罪事実確認書」の交付申請をこまもろうシステム上で行う際、いとま特例を適用する旨をあわせてシステムに入力します。具体的には「いとま特例が適用されること」「該当するやむを得ない事情の具体的な内容」「完了するまでの間に講じる必要な措置の内容」を登録します。
  2. 適用時:「やむを得ない事情」を証する書類の社内保存いとま特例を適用して未確認の者を対象業務に従事させる場合、事業者は「やむを得ない事情」のいずれかに該当することを証する書類等を社内で保存・管理しなければなりません。前任者の急な退職届、急な欠員を埋めるために行っていた求人・募集の記録、異動の内示書などが該当します。これは立入検査等が行われた際に提示が求められる可能性があるためです。
  3. 年1回:こども家庭庁への定期報告事業者は毎年1回、システムを通じて犯罪事実確認等の実施状況を定期報告する義務があります。この中で、個別の対象業務従事者の情報(いとま特例適用の有無、事情の内容、講じた措置)や、各施設・事業所ごとの適用者数を報告します。

2. 未確認者を現場に立たせるための「安全確保措置」

いとま特例を適用して犯罪事実確認が完了する前に対象業務従事者を現場に立たせる場合、事業者は「原則としてこどもと一対一にさせない」ことのほかに、以下の安全確保措置(必要な措置)をすべて講じなければなりません。

  • 研修の受講:対象業務従事者に対し、業務を開始する前に「いとま特例の趣旨や必要な措置」および「児童対象性暴力等の防止に関する研修」を受講させることが義務付けられています。
  • 管理職による定期的なチェック:管理職による定期的な巡回や声掛け等を行うことが求められます。

これらはどれか一つを実施すればよいというものではなく、「一対一にさせないこと」「研修の受講」「管理職の巡回等」のすべてを並行して実施する必要があります。

また基本対応として、可能な限り速やかに犯罪事実確認の申請を行うこと、採用段階を通じて対象となることや違反時の処分内容を本人に伝達しておくこと、必要に応じてこどもや保護者に対しても適用する場面があり得る旨を説明し理解を得ておくことが求められます。

第3章:システムによる「事前通知」と従事者のプライバシー保護

こども性暴力防止法の犯罪事実確認において、万が一「犯歴あり(特定性犯罪事実該当者)」と判明した場合、事業者が本人に告知するのではなく、こども家庭庁からシステムを通じて直接本人へ通知される仕組みになっています。

これを「事前通知」と呼び、誤認等のトラブルを防ぐとともに、従事者のプライバシーを保護するための重要なプロセスです。

  1. こども家庭庁から本人への「事前通知」法務省への照会結果が「犯歴あり」であった場合、事業者に結果が知らされる前に、こまもろうシステムを通じて従事者本人にのみ回答内容が事前通知されます。
  2. 本人による確認と選択(2週間の猶予期間)通知を受けた本人は、2週間以内に以下のいずれかの対応を選択することができます。
  • 訂正請求:同姓同名の別人である、既に期間が経過しているなど、通知内容が事実ではないと思われる場合は訂正を請求できます。
  • 中止要請:本人が犯歴を自覚しており、事業者にその事実を知られたくない場合は、事業者に対して「内定辞退」や「退職」を申し出た上で、システム上で「犯罪事実確認の中止要請」を行います。これにより、事業者への犯歴の通知はストップします。
  • 通知確認済の連絡等:内容に誤りがなくそのまま手続きを進める場合は、システム上で訂正請求をしない旨の意思表示を行います。
  1. 事業者への結果の交付本人が2週間以内に訂正請求や中止要請を行わなかった場合、あるいはシステム上で訂正請求しないと意思表示した場合に初めて、事業者に対して「犯歴あり」という結果(犯罪事実確認書)が交付されます。

このように、事業者に知られる前に本人が自ら辞退する権利が保障されている点が、本制度の大きな特徴です。

第4章:いとま特例適用後に「犯歴あり」が判明した場合の労働法上の対応

いとま特例を適用して従事開始後に犯罪事実確認を行い、その結果、特定性犯罪前科が「あり」と判明した場合、事業者は労働法制に則り、対象者をこどもと接する業務から外すための厳しい対応を迫られます。

この場合、法的には主に「試用期間中の解約(解雇)」または「懲戒解雇」としての対応が想定されますが、適法に行うためには採用選考の段階からの入念な事前準備が不可欠となります。

1. 試用期間中の解雇(留保解約権の行使)の法的な位置づけ

いとま特例を適用して採用した場合、通常は「試用期間中」に犯罪事実確認の結果が判明することになります。

判例上、試用期間は「解約権を留保した雇用契約」と解釈されており、通常の解雇よりも広い範囲で解雇が認められます。しかし、どのような理由でも解雇できるわけではなく、「客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認され得る場合」にのみ許されるという法的制約があります。

2. 「重要な経歴の詐称」を問えるかどうかが最大の分かれ目

前科があること「のみ」を理由に後出しで解雇を行うと、不当解雇として訴えられるリスクが高くなります。適法に解雇を行うためには、求職者が過去の犯歴を隠していたことを「重要な経歴の詐称」として問える状態にしておかなければなりません。

そのためには、採用選考の段階で以下の3つの事前準備を確実に行っておくことが絶対条件となります。

  1. 就業規則等の整備:就業規則において、試用期間中の解約事由や懲戒事由として「重要な経歴の詐称」があることを定めて説明しておくこと。
  2. 採用条件の明示:採用募集要項の採用条件に、「特定性犯罪前科がないこと」を明記しておくこと。
  3. 明示的な確認:採用面接の際や、誓約書・履歴書等の書面を通じて、特定性犯罪前科の有無を明示的に確認しておくこと。

3. 事前準備の有無による法的な結果の違い

事前準備を確実に行っていた場合

採用時に「前科はない」と虚偽の申告(または黙秘)をしていた従事者が、いとま特例による従事開始後の確認で「前科あり」と判明した場合、就業規則に定めた「重要な経歴の詐称」に該当するものとして、適法に試用期間中の解約や懲戒解雇を行うことが可能と考えられます。

事前の確認を行っていなかった場合

採用時に前科の有無を明示的に確認していなかった場合、後から前科が判明したとしても、「採用内定当時に知ることができず、また知ることが期待できないような事実」とは言えません。そのため、経歴詐称には問えず、その事実のみを理由として直ちに解雇することは合理性・相当性が認められにくく、不当解雇となるリスクが極めて高くなります。この場合は、直ちに解雇するのではなく、こどもと接しない別業務への配置転換や業務範囲の限定などを最優先で検討しなければなりません。

まとめ

いとま特例は「急いで採用・従事させるための特例」ですが、だからといって採用時の確認手順を省略してよいわけではありません。万が一の事態に備え、募集や面接の段階で必ず書面による前科の有無の確認と、就業規則に基づくルールの明示を行っておくことが、事業者を労働トラブルから守る唯一の手段となります。

いとま特例の適用要件とリスクを正しく理解し、適正な採用活動と労務管理を進めていきましょう。